2013年2月22日金曜日

大腸菌でタンパク質を発現する法18;膜タンパク質1

市場にある治療薬の7割以上が膜タンパク質を標的とするものであるが、膜タンパク質は、一般に疎水性が高く、大腸菌で高いレベルで発現することは困難であることが多い。

P450は、小胞体膜、又はミトコンドリア内幕に存在する膜タンパク質であり、肝臓の小胞体膜上のP450は様々な外来性物質および内在性の物質の代謝を担っている。これらの薬物代謝系のP450は、広範な臓器、組織にも分布し、局部的な薬物代謝にも重要な役割を果たしている。多くのがん細胞にも発現しており、抗がん剤の有効性にも影響を与えることはよく知られている。 従って、これらの薬物代謝系のP450を大腸菌で発現し、精製酵素を用いてヒトの薬物代謝系をin vitroで再構築することにより、新規化合物のヒトでの代謝を解析する試みは重要である。あるいは、精製酵素から結晶構造を解析し、構造に基づいた新規治療薬の開発を進めようとする試みがなされている。

その結果、P450の大腸菌での発現と精製、結晶化による構造解析は、急速な進歩を遂げた。ここでは、P450という膜タンパク質の大腸菌での発現に焦点を当てて解説してみる。

P450は、N−末端のシグナルペプチドが合成された時点で、SRP (signal recognition particle) により認識され、小胞体膜上の運ばれ、N−末端のアンカー部分を膜に埋め込む形で、膜上で残りの翻訳、フォールディング、ヘムの導入が行われる。従って、小胞体膜上のP450は、rough microsome で合成される。

大腸菌でこれを発現するにあたり、当初は、膜へのアンカー配列を残したまま発現することが試みられ、Barnesの配列(MALLLAVF)が頻繁に用いられた。この配列は、アラインメントにより位置を決めて他のP450のアンカー配列と置き換えることにより、有効に働き多くのP450の大腸菌での発現を成功に導いた。

発現の目的にもよるが、その後、アンカー配列を除くことでより高い発現レベルが得られることが分かり、現在では大部分の場合、N−末端のアンカー部分を削除して発現されている。また、アンカー配列の有無にかかわらず、これらミクロゾーム型のP450は発現レベルが低い状態では大腸菌の膜画分に回収されるが、発現レベルが高くなると大部分が可溶性画分に回収される。この為に、P450を大腸菌から回収する際には、detergentを含む溶液で膜を可溶化し全体を回収する。

 



2013年2月9日土曜日

大腸菌でタンパク質を発現する法17:Transformantsの不安定性

発現ベクターを導入したtransformantsは不安定である。

pETに発現したいタンパク質のcDNAを組み込んだ発現プラスミドを、BL21系の大腸菌に導入し、これをAmpを含むplateに開き、生えてきたコロニーを3個程単離し、 Amp入りのTBまたはLBでovernight cultureをして、その一部を小スケールでの発現に用い、一部をfrozen stockとする。発現の結果の良かったクローンのみを残し、残り2つのコロニーからのstockは捨てる。
この操作により、標的タンパク質の発現を確認した単一コロニーからのtransformantsのfrozen stockを確保できる。
以後の発現には、このstockからovernight cultureを作り、それを100倍程度に希釈して発現に用いる。通常はこれで十分な再現性の良い発現が可能であるが、既に述べてきたような様々な要因によって発現レベルが極端に下がることがある。高い発現が得られなくなってしまった時、多くの指導者は、もう一度Amp plateにfrozen stockを開き直して単一コロニーを拾うように指示する。pETを保持しているものを取り直すという意味であるが、悪化の一途をたどることが多い。これは、最初にcolony isolationにより取ったtransformantsが安定なものではないことを意味している。

採取した単一コロニーをAmp入りのTB又はLBを用いてovernight cultureを作り、これをLB-AmpとLB-Amp無しのplatesに開いて、生えてくるコロニーの数を比較してみることで、この不安定性は容易に確認できる。Amp入りのLBでovernight cultureをしても、一晩の培養中に、多くの大腸菌がpETを失う為に、二つのプレート間に生えてくるコロニーの数はLB-Ampプレートの方がコロニーの数はずっと少ない。

このような、transformantsの不安定性の理由は、発現系のリークによるものと考えられる。教科書の図では、IPTGの誘導により標的cDNAの転写が起こり、IPTGが無いときは転写は抑制されており、転写のリークはほとんど無視できるように思ってしまいがちである。しかし、通常は、思う以上の転写のリークがあり、IPTGが無い場合でも、標的タンパク質が作られ、大腸菌に生命の脅威を与えている。一方、Amp耐性を与えるbeta-lactamaseは分泌型である為に培養液中のAmpはある程度以上大腸菌が増殖した時点で無効化される。 このような環境下で、大腸菌は生命の脅威から脱する為に何らかの変化を遂げる。多くの大腸菌は発現ベクターを排除する道を選び、Ampが無効化された培養液中ではストレスも無い為、増殖も早く相対的に多くのポピュレーションを占めることとなる。
つまり、転写のリークの為に、大腸菌は常に変化する。先に述べたIPTG screeningを行うことにより、大腸菌は安定化し、少なくともプラスミドを失う大腸菌は激減する。





2013年2月2日土曜日

大腸菌でタンパク質を発現する法16:Extraction buffer

標的タンパク質を大腸菌で発現した後、大腸菌から抽出する為には、以下のExtraction bufferを用いて超音波破砕を行う。このExtraction bufferを使用する理由について解説する。

Extraction buffer: 50 mM potassium phosphate, pH 7.4, 500 mM sodium acetate, 0.1 mM EDTA, 0.1 mM DTT, 20 % glycerol, 1.5% sodium cholate, 1.5% Tween 20, and 100 μM PMSF
(PMSFは使用直前に加える。pHはすべての成分を加えた後、最後に、KOHで調整する。)

1) 50 mM potassium phosphate:緩衝能の高いリン酸緩衝液を用いる。中性付近としておけば、広い範囲のタンパク質に使用できる。

2) 500 mM sodium acetate:イオン強度を高めることで、ionic interactionを防ぐ。酢酸塩とすることである程度の緩衝作用も期待している。

3)0.1 mM EDTA, 0.1 mM DTT:いつも必要とは限らないが、気持ちで加えている。

4)20 % glycerol:タンパク質の安定化、および液体窒素で凍結して−80度で保存する為。

5) 1.5% sodium cholate, 1.5% Tween 20:detergentとしてこの組み合わせを用いる理由は、Inclusion body意外はほぼ可溶化でき、後で除きやすい為である。通常よりも高い濃度を使用していることの理由は、少ない抽出液で抽出し、扱う溶液の体積を小さくできることを目的としている。
 detergentはタンパク質を失活・変性させると信じている向きも多いが、私はそのような心配をしたことは無い。cholateと Tween20のようなタイプのdetergentにより、タンパク質が変性することは無く、活性を測定できなくなることがあるとしても、変性の為ではない為に、条件を整えれば、活性を戻すことができるのが普通である。
 可溶性タンパク質の扱いに対して、detergentを使うことを嫌う人は多い。しかし、可溶性タンパク質もかなりの割合で、detergentにより安定化する為、通常、私は、可溶性タンパク質の扱いにもdetergentを用いる。
 detergentとglycerolは、タンパク質の安定化には非常に有効であり、常に使用するべきと考えている。